1813年のカール・ヨハン(1)
3月に英国とスウェーデンの同盟が以下の条件で成立した。 1)スウェーデンはカール・ヨハンの下に30000人の兵士を北ドイツに派遣してフランスと戦う。 2)英国はノルウエー奪取に協力し、毎年100万ポンド*1の支援金を払う … 続きを読む 1813年のカール・ヨハン(1)
バタイユゲーム、ナポレオン戦争、などについて書いていきます。
1813年のカール・ヨハン(1)
3月に英国とスウェーデンの同盟が以下の条件で成立した。 1)スウェーデンはカール・ヨハンの下に30000人の兵士を北ドイツに派遣してフランスと戦う。 2)英国はノルウエー奪取に協力し、毎年100万ポンド*1の支援金を払う … 続きを読む 1813年のカール・ヨハン(1)
1812年のカール・ヨハン(3/E)
6月にナポレオンはロシア遠征を開始した。 8月にはスモレンスクの戦いが行われた。 同じ8月にフィンランドのトゥルクでカール・ヨハンとロシア皇帝は会談を3日間行った。 会談では同盟強化が確認され、主に次の点が議論された。 … 続きを読む 1812年のカール・ヨハン(3/E)
1812年のカール・ヨハン(2)
フランスによるポメラニア占領に対して、ナポレオンは直ぐに服従するものと甘く考えていて、 前回のロシア遠征協力(代償にフィンランド奪還を援助)を再び提案した。 カール・ヨハンはフランスとロシアの平和を願うと返答し、最後に以 … 続きを読む 1812年のカール・ヨハン(2)
1812年のカール・ヨハン(1)
1月にダブー元帥の軍団がスウェーデン領ポメラニア(下図丸枠内)に不意打ち侵攻し占領した。 表向きはフランスの私掠船(スウェーデン商船を獲物にしていた)をスウェーデン政府が差し押さえした事の 報復であるが、実際は2つの目的 … 続きを読む 1812年のカール・ヨハン(1)
1810年から1811年のカール・ヨハン(3/E)
フィンランドを巡るロシアとの関係について、カール・ヨハンは フィンランドの奪還は国力的に無理と考えていた。 その情報を得たロシア皇帝アレクサンドル1世から友好の密使が来て、 両国首脳の友好関係が密かに始まった。 フィンラ … 続きを読む 1810年から1811年のカール・ヨハン(3/E)
1810年から1811年のカール・ヨハン(2)
摂政になったカール・ヨハンにナポレオンから難題が出された。 初めは次のナポレオンからの要求を中立であるからと拒否した。 1)フランス陸軍に1ケ連隊を提供。 2)フランス海軍に2000人の水夫を提供。 この件に関しては、ナ … 続きを読む 1810年から1811年のカール・ヨハン(2)
1810年から1811年のカール・ヨハン(1)
スウェーデンに着いたベルナドットはカール・ヨハンと名前を変えて スウェーデン人として生きることになった。(47歳) 国王カール13世は62歳であったが病気があり、皇太子のカール・ヨハンが 摂政として国王を代行する事になっ … 続きを読む 1810年から1811年のカール・ヨハン(1)
カール・ヨハンの政治・軍歴
参考にできる下記の資料が見られるようになったので、 スウェーデン人になってからのベルナドットの政治・軍歴をメモする事にした。 順次追加していく予定である。 ・Bernadotte, prince and king : 1 … 続きを読む カール・ヨハンの政治・軍歴
ナポレオン戦争の軍医療体制(2/E)
つづき 3.軍医の種類と階級 (1)種類 軍医はsurgeon(外科医)、doctor(外科以外全般)、pharmacist(薬剤医)の3種類に分かれる。 特に移動病院など戦場に近い所では外科医が圧倒的に多い … 続きを読む ナポレオン戦争の軍医療体制(2/E)
ナポレオン戦争の軍医療体制(1)
ナポレオン戦争の軍医療体制について気になったので少し調べてみた。 以下にメモしておく。 1.軍病院 次の3種類ある。 (1)常設病院 国内にあるもので平時/戦時の両方で開設し、戦時では遠征先からの負傷者を受け入 … 続きを読む ナポレオン戦争の軍医療体制(1)