ナポレオンの混合隊形

Imperial Bayonetsのp167に混合隊形の説明が書いてある。
その一部を下図に引用する。

意訳すると以下の通り。
『1805年、ブローニュで軍を訓練した後、ナポレオンはためらうことなくこの戦術を試した。
12月、彼はアウステルリッツでタリアメントとイゾンツォと同様の効果を持つ混合隊形を運用することになった。
彼の命令は明確にこう述べていた。
「各旅団は第一連隊を横隊に並べる。第二連隊はデヴィジョン(筆者注1)ごとに縦隊を組み、
第一大隊は第一連隊の第一大隊の右後方に、第二大隊(第二連隊)は第二大隊の左後方に、それぞれ配置せよ。」
これはタリアメントで採用されたのと全く同じ隊形だが、戦列の正面が倍になっている点が異なる。
スールトは、ナポレオンが将軍たちに、常に二列の戦列と軽歩兵による第三列を維持するよう強く勧告したと伝えている。
各大隊は半個ペロトン(筆者注2)間隔で編成したデヴィジョンで縦隊を組むこととした。
これにより、いかなる状況においても速やかに方陣を組み、機動性を高めることが可能となった。
戦闘中はこの隊形を維持し、一部の大隊が横隊に展開した場合でも、敵に過度に大きな正面をさらすことはなかった。』

注1)デヴィジョンは横に並んだ2ケ中隊のこと。NATO用語のDivision(師団)ではない。
注2)ペロトンは中隊のこと。NATO用語のPlatoon(小隊)ではない。
Imperial Bayonetsのp23から引用。

Imperial Bayonetsのp24から引用。

混合隊形の図がp168に書いてある。

バタイユゲームで1ケ師団(3ケ連隊)の混合隊形を実現すると1例が下図のようになる。
左の第139連隊第1,2大隊が横隊で第3,4大隊が左側に縦隊を組む。
右の第140連隊第1,2大隊が横隊で第3,4大隊が右側に縦隊を組む。
中央後方に予備として第141連隊が縦隊を組んで左右どちらにでも応援できるようにする。

横隊を広げた場合。(1ケ大隊2HEX)

<個人的な感想>
筆者注で記述したようにナポレオン時代のフランス軍部隊呼称は
現代のNATO用語と語句は同じで違う意味なので混乱しやすい。

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