1810年のベルナドット(3/E)

9月7日にベルナドットは、次の手紙をナポレオンに送った。
”陛下にお知らせします。
8月21日にオレブロで開催された議会が私をスウェーデン王位継承者に選出しました。
国王が選挙を発表した書簡を陛下にお見せします。
今、私は陛下のご命令を待っております。
スウェーデン国民が私に提供する尊厳を、私が受け入れる事を陛下がお許しになるかどうかを知る為です。
陛下から離れることが私の運命であっても、陛下のご厚意と陛下を崇高に思う気持ちが
時間と距離によって弱まることはないと信じて頂くようお願い致します。
この予期せぬ選出は、陛下から賜った名誉のお陰である事を決して忘れません。
別れの辛さを和らげるものがあるとすれば、スウェーデン国民が陛下を敬愛して活気づいている事です。
離れていたとしても、私の願いと思いは陛下の近くに常におります。
また、陛下がヨーロッパの為にと進めておられる偉大な仕事に貢献出来るように願っております。”

9月10日のナポレオンの返事は、次のものである。
”いとこよ、
スウェーデン国王と議会が提供する尊厳を受けられるように許可する書類を
作成するよう大判事に命令を出した。
この書類は、君がスウェーデン人になることを認める。
君がフランスに対して武器を向けることができないという条項が1つ追加されている。
この制限は帝国の憲法と合致しているし、君も同意するだろう。
また君が継ぐはずの玉座の義務を妨害するものでもない。
完全に狂っているのでなければ、フランスと戦うなどありえない。
君とスウェーデン人の成功と幸福を祈る。”

ベルナドット(B)は、この制限を拒否し、ナポレオンがどうしてもと強要するならば、
跡継ぎを辞退すると公言した。ナポレオン(N)と以下の問答があったと言われている。
B:”陛下、私に王冠を辞退させることで、私を貴方より偉大な男にするつもりですか?”
N:”いいだろう、我々の運命を全うしよう。”
B:”失礼ながら、陛下の言葉を聞き取れませんでした。”
N:”行け、我々の運命を全うしよう。”

ベルナドットと家族は、9月30日にフランスを離れ、スウェーデンに向かった。

<個人的な感想>
ベルナドットの手紙の後半部分は、定型句なのか心にもない嘘が列記されている。
その点、ナポレオンの手紙は、最後の定型句を除けば本音である。
フランスに武器を向けないという制限は、ある意味で当たり前である。
そこを、強硬に抵抗したのは、束縛を嫌ってナポレオンから自立したい為と思われる。
この時点で、ナポレオンと戦う可能性を考えたとは思えない。(ナポレオンの絶頂期であるし)

(注)今回でベルナドット軍歴を終了する。その後は、スウェーデン皇太子カール・ヨハンの歴史である。