1806年戦役のベルナドット(1)

 プロシアに宣戦布告する事にしたナポレオンは、チューリンゲンの森の南に

大陸軍を集結させた。ホーフ(Hof)から北進する計画で、先鋒はベルナドットの

第Ⅰ軍団である。プロシア軍は、チューリンゲンの森を通過する2つのルート

ホーフ経由とフルダ(Fulda)経由の両方に対応できる位置に移動していた。

ホーフ方面:ホーエンローエ軍、 フルダ方面:ルッヘル軍、 中央:主力軍

10月6時点の部隊配置は下図(*1)の通り。

(*1)Military History and Atlas of Napoleonic WarsのMAP58の抜粋である。

10月8日にミュラの予備騎兵軍団を前衛にザクセン領に進攻し、1806年戦役が始まった。

ミュラ軍団の直ぐ後ろにはベルナドット軍団が続いていた。

下図はMilitary History and Atlas of Napoleonic WarsのMAP59の抜粋である。

<個人的な感想>

 1806年6月にポンテコルヴォ公に任じられたベルナドットが第Ⅰ軍団として先鋒を

務めたのは、ナポレオンの信頼が厚い為と思われる。

 

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