総裁のバラスは、ベルナドットの手紙を癇癪を破裂させたものか、
間接的に他の職を求めたものと考えた。バラスはベルナドットを
クレベールの弟子と思っており、師匠の反抗的態度には慣れていた。
しかし、政府としては、イギリス方面軍の師団長かイオニア諸島の
司令官を選ぶように12/18に回答した。
パリに居たナポレオンは、同じ日にベルナドットに手紙を書いた。
”将軍、手紙は受け取った。総裁政府は、君を喜ばせるように動くと私に保証した。
政府はイオニア諸島の司令官かイギリス方面軍の師団(サンブル・エ・ミューズ軍から
君の部隊には新たに増援がある)、またはパリに本部のある第17師団を提案する筈である。
君の原則の純粋さ、君の忠誠心、軍事的才能(共に戦った時に示した)を私以上に高く評価する
ものは、他にはいない。これを疑うならば、君は私を正当に評価していない。
どんな状況においても、君の友情と敬愛を当てにしている。 敬具、ボナパルト。”
ベルナドットは、イオニア諸島の司令官を受ける旨の手紙を12/31に出した。
また、ナポレオンの手紙に対しては、イオニア諸島の軍編成(*1)についての報告を
出す事で応えた。
(*1)イオニア諸島のフランス軍再編については、元々ナポレオンが言い出した事である。
<個人的感想>
ナポレオンがベルナドットを引き止めなかったのは、彼が扱い難い為と思われる。
軍事的才能がある将軍は他にもいるし、辺境地か戦功を立てられないパリに
いるならば、自分の邪魔にならないとの判断かも・・・。
手紙にある”これを疑うならば、君は私を正当に評価していない”は、ベルナドットが
ナポレオンを嫌っている事をナポレオンも感じていた為と思われる。
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