1797年1月にコブレンツを出発して、3月にパドヴァ(ナポレオンの司令部)に
に到着するまで、2万人が約1400kmを約2ヶ月で行軍した。1日当たり約24kmで、
荷馬車を伴う平均速度3kmから換算して1日8時間となり、通常の行軍と思われる。
1)ステップ1;コブレンツからメッス経由でディジョンまで約500km
2)ステップ2;ディジョンからリヨン経由でシャンベリーまで約300km
シャンベリーからモンスニ峠でアルプスを越えてトリノ経由でミラノまで約350km
なお、冬に雪の中のアルプスを越えるのは、相当厳しかったらしい。
3)ステップ3;ミラノからべロナ経由でパドバまで約250km
4)ベルナドットは、フランス国内を行軍中に故郷・家庭が近くにある兵士
6000人(全軍の約1/3に当たる)について一時帰郷を許した。各人に
都合の良い場所で再合流するという思い切った条件である。結局、戻ら
なかった兵士は30人(0.5%)との事で、軍の士気は向上したらしい。
<個人的感想>
一時帰郷は思い切った判断と思う。多数が戻らなかったら、ベルナドットの
責任問題になり更迭もあり得た。
3年後には、ナポレオンが4万人でアルプスのグラン・サン・ベルナール峠を
超えたが、この時は5月の春であり、ベルナドットの時よりも環境は厳しく
なかったと思われる。しかし、フランス軍のアルプス越えといえば、ナポレオンの
名前がでるほど有名(絵もある)なのは、人気の差か。
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