ベルナドットからカール大公の接近連絡を受けた時のジュールダンの本隊は、
下図のように東側に突出してヴァルテンスレーベン将軍のオーストリア軍と
ナーブ川を挟んで対峙していた。
ジュールダンは、モローに手紙を送って来援を求めた。しかし、モローは動かなかった・・・。
この辺りは、祖国は危機にあり 関連blogさんに詳しい話が載っている。
一方、ジュールダンはボナウ将軍の騎兵部隊約900人を援軍として送ろうとしたが、
道の状況が悪く、実現できなかった。また、ベルナドットへは、21日に次の手紙を送った。
その内容を意訳してみた。
”AM2:00 君からの昨日の報告を受け取った。命令の写しを送る。
我々は終日戦ったが、明日も同様になるだろう。
私の命令があるまでは前進しないこと。敵の近くで監視せよ。
もし後退を余儀なくされたら、ニュルンベルクへ退却すること。その際は、
私の右翼が無防備にならないように、秩序だって、なるべくゆっくりと。
君の作戦行動を常に知らせてほしい。
シャンピオネ将軍と連絡を取り合うと共に、何が起きているかを知る為に、
ライン・モーゼル軍とも連絡を試みて欲しい。”
<個人的感想>
モローが来ると信じていたジュールダンが、すぐに退却しないで様子を
見る事にしたのは、悪い結果になったが、良い判断と思う。
すぐ退却すれば包囲されないが、オーストリア軍は合流して戦力的に
対抗できなくなり、ライン川西岸まで後退する事になる。それよりも、
危険はあるが、モローとの挟み撃ちでカール大公を打ち破る機会で
あり、様子を見てギリギリまで粘るのは良いと思う。
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