1809年戦役のベルナドット(2)

ウィーンに到着後は、ワグラムの戦いまで待機していた。
7月4日の真夜中からドナウ川の渡河を開始し、夜明けまでには
フランス軍はほぼ渡河を完了した。

ベルナドットの第9軍団(下図の枠内)は、夕方までにAderklaaを占領した。
夜間にWagramを攻略しようとしたが、不運な事に同士討ちになり混乱した。
なお、指揮下にあった部隊はポレンツ師団の歩兵10ケ大隊、
グットシュミットの騎兵16ケ大隊、大砲14門だけであった。
他の部隊は、ナポレオンの命令で他の任務に駆り出された。
(注)下図はEjercitos y batallas 65 aspern y wagram 1809のp62,63を引用したもの。

<個人的な感想>
同士討ちがザクセン部隊の士気を大きく下げ、混乱をもたらしたと言われている。
暗い夜の戦闘であること、Wagramには既に味方が入っていた事が後続部隊に
伝わっていなかった事、軍服が白でオーストリア軍と間違いやすい事などが重なり、
友軍を誤射することになった。
ザクセン軍の軍服例(夜を模擬するために透明度を下げた黒でマスク)
→たしかにオーストリア軍と間違いやすい。

オーストリア軍の軍服例

フランス軍の軍服例

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